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クレーム千夜一夜 <32話 しゃべらなくなる社会>

厳冬の津軽での話です。道で知り合いと出会った際に、とても短い単語で会話を交わすそうです。『わたし』を『わ』、『おいしい』を『め』というように一言で表現するようです。例えば、一人が「どさ」と発すると相手は「ゆさ」と返すそうです。『どさ』?『ゆさ』?何それ?どういう意味?一般的には分からない表現です。「どさ」は「どこに行くの?」、「ゆさ」は「温泉に行くの」、という意味だそうです。

想像を超える厳寒地域なので、顔が寒さで強張ってしまうのであまり口を開かなくても会話が出来るように、という生活の知恵から来ているようです。

横浜に住んでいる私は、先日、横浜市営バスに乗りました。後部の2名用のシートの通路側が1つ空いていましたので、私はその席を目指して進みました。窓側の男性に小さな声で「失礼します」と挨拶をして座りました。暫くすると、窓側に座っている男性が、居心地が悪そうに『もぞもぞ』し始めました。身体を微妙に動かしているの

 

です。「ははぁ~ん、次のバス停で降りるのだろうな」と察知した私は、次のバス停に近づいたときに「次のバス停で降りますか?」と尋ねてみました。男性は軽く頷きましたので、私は席を立ち、道を譲りました。隣の男性は、席を立ち上がり黙したまま出口から降りていきました。

それにしても、どうして一言「すみません、降ります」と声を掛けてくれないのでしょう?ちょっと言葉がけをすれば、隣の人は気づき、快く道を譲ってくれると思いますし、短い言葉ではありますが会話を通じてお互いの気持ちも交換できるのに。世界平和につながるのに・・・。

何も「すみません、次降ります。申し訳ございませんが、あなたが座っている座席の前を通りますので道をお譲りいただいてもよろしいでしょうか?」と丁寧に言うべきだ、などと言っているのではありません。折角、神の思し召しで(少なくとも私はそう思っています)、隣に座るご縁が出来たのですから、一言くらい言葉を発して会話の交換・気持ちの交換をしても良いのになあ、と感じます。

多様性の時代です。人それぞれ、考え方・価値観・常識が違います。違う者同士が違う考え方を認め合いながらお互いを尊重し合って生きていくことが求められています。だからこそ、声かけしないのも自由なのです。「どうして声かけしないのだろうか?」などと私が強調するのは論外ですし、強調すればするほど、相手に考え方を押しつけてしまうことになりますのでほどほどにしますが・・・。

コロナ禍の現在、三密が強調され、食事では黙食が推奨されています。外出も制限されて仲間と会うことも出来にくくなりました。感染予防で夏休みを延長している学校もいくつか出てきました。自由闊達に会話をする・気持ちの交換をするという機会が次々と失われてきています。

近い将来、「まあつ」「そあつ」「ねき」「かき」という挨拶に変ってしまうかも知れませんね。えっ?どういう意味ですかって?

私「まだまだ暑い日が続きますね」知合い「そうですね、暑い日は暫く続くのでしょうね」私「熱中症にお気をつけください」知合い「川合さんもお気を付けください」

2021.09.02
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