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クレーム千夜一夜 <第7夜 かもし出す雰囲気>
先日、100名を超える受講者の前でコミュニケーションをテーマに講演をしてきた。内容は、相手は勝手に自分のことを「こういう人だろう」と決め付けてくるものだ、自分がどう見られているのか、いわゆる第一印象を大切にしないといけない。というものだった。
講演を終了し、担当者にお礼の挨拶をしてその会場から離れた。JRの駅に向かう途中、近くに、T百貨店があることを思い出した。私が34年間お世話になっていたT百貨店のS店だ。私はその店では勤務したことはなかったが、以前Y店の同じフロアで一緒に働いていた後輩Kさん(男性)が昨春の人事異動でこの店のある部署で働いているので訪ねてみようと思ったのだ。本日在籍しているかどうか、受付の女性に確認してもらった。当然、Kさんは仕事中なのであまり長居することはできないことを意識し、地下のお菓子売場で手土産を買って10分で退散するつもりで訪問をした。
手土産を渡し、近況を尋ね、Kさんが元気そうに働いている姿を確認した私は安心をした。しかし、どうもKさんの態度がぎこちない。勝手なこちらの思い込みなんだろうが、「川合さん、なんで突然来たんだろう」「何か情報を得たくて来たのだろうか?」「何か頼まれてしまうのではなかろうか?」というような雰囲気がKさんから漂っている。だから、会話もあまりないし、こちらが話しかけないとあまりは話しをしてこない。大先輩?を前にして緊張しているのかもしれない。私の思いとして「Kさん、別にお願い事なんてないよ、安心して。Kさんの元気な姿を見たらそれだけでいいんだよ・・・」と安心感を与えるような雰囲気をつくりながらも何だか心の中に不愉快な気持ちがもくもくと涌いてきてしまった。しかし、先ほどの講演で、「あなたがかもし出す雰囲気が勝手に相手に“こういう人だ”と感じさせてしまう。自分自身は大丈夫だと思っていても、相手は勝手に感じてしまうことを必要以上に意識をしましょう」ということを散々話してきただけに、私自身が相手に警戒心を抱かせるようなオーラを出していたんだろう。後輩のKさんが防衛的にならざるを得ないような、私自身が嫌な空気を身体全体から出していたんだろう。年齢が20歳以上離れている大先輩?が突然やってきたので、警戒してしまうのは当たり前。これは猛省をしないといけないと心の中で何度も唱えた。そしてKさんが安心するように、「元気な姿を見て安心したよ。張り切っている証拠だね。」と話しを向けると、「いやいや、今の“こんな仕事”は私には合いませんね。早くこの仕事から異動したいと思っていますよ。」という予想外の返事が来て、現役中は、今のKさんと同じ部署の責任者をやっていた私としてはちょっと複雑な気持ちになり、残念で悲しさだけがこころに残ってしまった。まだ43歳といえば、経験・知識が豊富で熟達している年代だし、逆に身体やこころの動きは活動的な若者であり、サラリーマン人生で一番充実している年代と言えるかもしれないのに・・・。
ちょっと重たい気持ちのままKさんに別れを告げた後、その重たい気持ちを払拭しようと別なフロアにある紳士靴や鞄の売場に行ってみた。様々な鞄をじっくりと見ながら、想像・夢の世界に入っていると突然、「川合さん」と声を掛けられ現実に戻った。鞄売場のすぐ脇の通路を小型の台車で小さな荷物を運んでいる男性から声を掛けられたのだ。振り向いてみると、やはり以前Y店の同じフロアで一緒に働いていた後輩の男性社員Uさんが立っていた。UさんはKさんと同年代のはずだ。「ああ、こんにちは。ここのフロアで働いているの?」と尋ねてみた所、「いいえ違います。今は人事のマネージャーをしています。」と私にはちょっと誇らしげに聞こえたUさんの言葉だった。「いい部署で働いているね、人事部は今の時代、大変なところかもしれないがやりがいがあるでしょう」とそれとなく水を向けると「いやあ、人事なんて嫌ですよ。早く変わりたいので人事異動の希望を出そうと思っているんですよ。」という意外な言葉が返ってきた。何だよ、先ほどのKさんといい、今のUさんといい、この会社は大丈夫かな・・・。会社としては一番活躍してもらいたい、脂ののり切っている40代の社員が、偶然とはいえ二人とも「嫌で嫌でたまらない気持ち」のまま今の仕事に従事している。そんな状態では、本人のモチベーションが下がるだけでなく、周りの部下、お客様などにも悪い影響を与えてしまうのでは。次の瞬間、さらにUさんから私に質問が飛んできた。「ところで今日は何しに来たんですか?」。え~っ?“何しに来た?”何しに来たのか、なんていう質問の仕方はないでしょう。私が鞄の売場にいるということは、お客様として買物に来たのか、この店にいる誰かに会いに来たかくらいの理由しかないでしょう。人事という中枢部門のマネージャーをしている40代の男性社員が、他人にこんな質問の仕方をする?言葉を知らないの?そうはいうものの尋ねられたので「今、Kさんのところに行ってきたんだよ。」と答えると「ああ、売り込みですか?」
ああ、何という会話、何というコミュニケーションのとり方、“この男”、私に悪意を持っているとしか考えられない、と感じるくらいの会話だった。今の仕事が嫌で異動したいと平気で社外の人間に愚痴る、常識的な言い方で質問ができない、こういう40代の社員を抱えているこの会社、大丈夫?と真剣に感じながら、もうこの店には来るのはやめようと急いで駅に向かった私だった。
いやあ、でも私自身が無意識のうちに、先輩面したような、お説教でもするかのような雰囲気を醸し出していたんだろうな?気をつけないと・・・・。